どうも雨降小僧です。
占いに書かれているのは象徴です。
それは単なるシンボルであり、記号でしかありません。
人間は、その無機質な記号でしかない象徴に鮮やかな彩りを与えていきます。
人が生きることで抽象的な象徴は肉づけられていき、
生き生きとした具体的な意味を持つようになるからです。
その最たる人が、人前で表現することを生業とする
芸能人やモデル、作家ではないかと思う。
その表現者たちがどのように象徴を彼らの表現により彩ったのかを見ていきたい。
今回、取り上げるのは
歌手で俳優の清水宏次朗さんです。
清水宏次朗さんは高校生の頃
原宿の代々木公園横にあった歩行者天国で竹の子族の一人として踊っていたところ
スカウトされて芸能界に入りました。
宏次朗さんのことを思い出したのは
Louis-Sanがトー横キッズを取材したYouTubeの動画を見て
「トー横キッズって竹の子族に似てるな」と思ったから。
「トー横キッズ」と「竹の子族」
「トー横キッズ」と「竹の子族」の共通点
トー横のインフルエンサーゆきにゃんは、
「トー横キッズ」とは居場所がない子たちの集まりであると言う。
14、15、16歳くらいの、家庭や学校に居場所を見つけられない子ども達が
居場所や仲間を求めてトー横に来て、集まっている。
この現象を見た時、僕はすぐに「竹の子族」を思い出した。
なんとなく竹の子族に似てると思った。
そして日本は40年以上経っても、なんにも変わってないんだと思った。
「竹の子族」は1980年代初頭に原宿のホコ天に集まり
ラジカセを囲みディスコサウンドに合わせて踊っていた、
派手で奇抜な格好をした若者たちのことです。
清水宏次朗さんはここから竹宏治として1981年にデビューしました。
「トー横キッズ」と「竹の子族」の相違点
そうは言っても、やっぱり40年経てば変わった部分もある。
同じ、大人や世間から白い目で見られる存在でも、
竹の子族の子たちはただみんなで集まって、踊りに熱狂してただけで、
飲酒をしてたわけでもなく、売春もドラッグもしていなかったようだ。
竹宏治としてデビューした時の雑誌のインタビューで宏次朗さんは次のように語っています。
彼の場合は、100人のチームのダンシング・リーダーだったから、仲間からの信望もあつい。
「ダンシング・リーダーっていうのは、曲を選んだり、踊りの振り付けを考えたりするんです。また、仲間から、学校のこと、恋のことなんかで相談を受けたりして、半日以上も話しこんだことがあるんですよ。ぼくたち、ハデなかっこうをしているから、落ちこぼれとか不良だとか、そんなふうに見られるけど、じっさいは全然違うんです。踊ったあとはまっすぐ帰るし、学校にもきちんと行くし…。踊るのも、スポーツするのと、全然変わんないんです」
僕は、日本におけるこの2つの
同じような若者の同じような現象の中にある決定的な違いは
自分たちの中から清水宏次朗というスターが産み出されるという
活力があるかないかだと思う。
清水宏次朗さんのプロフィール
懐かしいなぁ〜❗️❗️#ビーバップハイスクール pic.twitter.com/DUMD1beExL
— 清水宏次朗 (@shimizukojiro) June 5, 2022
清水宏次朗さんは1964年11月10日の東京生まれです。
清水宏次朗さんの命式
| 日柱 | 月柱 | 年柱 | |
| 天干 | 癸 | 乙 | 甲 |
| 地支 | 亥 | 亥 | 辰 |
| 通変星 | 食神 | 傷官 | |
| 十二運 | 帝旺 | 帝旺 | 養 |
| 蔵干 | 戊 | 戊 | 乙 |
| 通変星 | 正官 | 正官 | 食神 |
| 関係 |
「食神」や「傷官」など
宏次朗さんには「火」の要素が多い。
みんなの兄貴分的な温かさのある人だと思う。
また2つの「正官」の「金」は
芸能界でスターとして放つ輝きを表しているだろう。
サイデリアル方式で見た清水宏次朗さんのホロスコープ

進行の新月のサビアンシンボル
| 時期 | トロピカル | サイデリアル | サビアンシンボル |
|---|---|---|---|
| 1988年10月頃 | 射手座11°56′ | 蠍座19度 | 聴いてはしゃべっているオウム (A parrot listening and then talking.) |
| 2018年8月頃 | 山羊座12°17′ | 射手座20度 | 氷を切り出す男たち (Men cutting through ice.) |
竹の子族のエネルギーを映した清水宏次朗さん
蠍座19度「聴いてはしゃべっているオウム(A parrot listening and then talking.)」
新月は、月という肉体に太陽という光の意識が宿る大切な時。
中でも進行の新月は、
その人が30年かけてこの世で取り組むテーマを示すものとして
僕は重要視しています。
清水宏次朗さんの場合、それが1988年頃に蠍座19度で起きています。
サビアンシンボルは「聴いてはしゃべっているオウム(A parrot listening and then talking.)」。
松村潔氏の『サビアン占星術』によると、このサビアンシンボルは
外にはうかがい知れない集団的な意志を、鏡のように映して表現することができる人です。巫女的な受容性があるのですが、自分では意味があまりわかっていません。しかし意味がわかると逆に伝達力の正確さを失います。
と説明されています。
清水宏次朗さんが芸能界で果たした役割
「外にはうかがい知れない集団的な意志を、鏡のように映して表現することができる人です。巫女的な受容性がある」
これはまさに芸能界で活躍した清水宏次朗という存在を表していると思った。
清水宏次朗さんは
あの竹の子族の荒れ狂う力をそのまま一身に背負ってデビューしたような人だったから…。
そして『ビー・バップ・ハイスクール』以降は不良たちを代表する存在となった。
荒れ狂う力は到着地点がなければ、どうしていけばいいか分からなくなる。
だからいつも自分たちの行き着く先を探してる。
自分たちの行き場のない思いをそのまま受け止めて、
映し出してくれるような存在を心の底から求めている。
宏次朗さんがその役割を引き受けることができたのは、
彼が日本の芸能界では珍しいほど純粋でまっすぐな人だったからだ。
そして今、そんな良心のような存在がどこを探しても日本にはいない。
そのことが大きな問題だと思う。日本の若者の不幸の原因だと思う。
トー横キッズが必要としてるもの
今も昔も、日本には行き場のないはみだした若者がいる。
彼らは居場所を求めて集まり、身を寄せ合っている。
ある時は原宿のホコ天で、ある時はトー横で。
その日本の状況は変わってない。
だけど竹の子族の若者には夢や希望があった。
その希望の正体は「自分たちの思いを代弁してくれる人がこの世のどこかにいるかもしれない」というものだったんだろう。
その未来への予感が活気となって、彼らを踊りに熱中させてたんだと思う。
逆にトー横キッズに見られる退廃には、
自分たちの思いを映してくれる透明で純粋なスクリーンのような存在がいないことへの嘆きを感じさせる。
彼らは清水宏次朗さんのような存在の到来を待ち望んでいるのだ。
トー横キッズの問題は、日本には今もまだ
「誰かが代わりに泣いてくれたら、叫んでくれたら」という思いを抱えて生きている子供たちがいる、ということを気づかせてくれた。
まとめにかえて
トー横キッズはもう知らないだろう。
かつて社会からはみ出した若者の声を代弁してくれた清水宏次朗という存在がいたことを。
みんなの犠牲になって、一瞬ぱっと綺麗に咲いて
桜のように散ったから。
みんなはもう忘れてるかもしれない。
でも僕はまだ覚えてる。
助けてもらったことを。
だから今度は自分がトー横キッズのためにも
(そしてそれは自分自身のためにも)
清水宏次朗さんの影を追い求め、映していこうと思う。

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